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#3

『宇治拾遺物語』から令和拾遺物語へ、どうでもいい話を歴史に残す方法?

※ 本文はAIによる自動文字起こしをもとに作成し、発言内容を保ったまま一部を整理しています。聞き取りにくい箇所などでは、実際の発言と異なる場合があります。

第3回では、HTMLを自分で書いてホームページを作ることで、インターネット上のデータにも物理的な置き場所があると実感した話から始まります。友田が『宇治拾遺物語』を紹介し、ヒラタケや盗み食いをする歌人など、因果関係も教訓もよくわからない説話の面白さについて話しています。そこから、写本への書き足し、日記が時間を経て説話になる可能性、ポール・オースターの物語収集、そして自分たちで「令和拾遺物語」を編むならどうするかという話へ広がっています。

ホームページを作ると、インターネットが物理的に見える

辻本:[オープニングミュージック]えー、八月二十一日金曜日十四時十三分です。neoコーキョーの辻本達也と。

友田:代わりに読む人の友田とんです。

辻本:ふくませるラジオは小さな出版社をやりながら、エッセイや小説を書いている友田とんと辻本達也が、最近読んだ本の話から始めて、本の外へ出ていくラジオです。月二回配信、第二、第四木曜日。で、感想はハッシュタグ「#ふくラジ」でお願いします。あとH、あのホームページを作りましたので、そちらのお便りフォームもあるのでそちらからでも大丈夫です。今月もよろしくお願いします。

友田:よろしくお願いします。なんかそういうのも簡単になりましたね。

辻本:ホームページ。

友田:作ったりね。

辻本:そうですね。

友田:昔は、ま、昔はっていうともう三十年ぐらい前の話ですけど、なんか頑張ってテキストエディターでHTMLを書いてとか。

辻本:はいはい。

友田:ファイルをとかに転送してみたいな、一々やって、やってましたけどね。

辻本:そうですね。僕もあの、あれですよ、neoコーキョーのホームページはそれでやってみたんですよ。

友田:うん、どうでしたか。

辻本:そうするとやっぱりインターネットってこうなんだっていうのがすごいわかるっていうか。

友田:うんうんうん。

辻本:そのドメイン取って、まあそれはみんなやるんですけど、ドメイン取ってサーバ契約して、毎回こう、HTMLを書いたファイルを自分でサーバにアップロードするってやると、なんていうか、まあ普段検索して、まあ例えばじゃあ、なんだろうな、「代わりに読む人」って検索して。

友田:はい。

辻本:まあGoogleで検索すると、その時点で多分昔とは違うと思うんですけど、まあGoogleがそのいろんなHTMLファイルを世界中から多分そのクロール、その自分たちがぐるぐるぐるぐる回って、その中から順位付け一瞬でして、一番上におそらく代わりに読む人のホームページが出ていて、そこでクリックすると、ようやく今はあの、そのサーバーに見に行くわけですけど。それがこう自分でやると、やっぱりこれも自分でやるとわかるっていう話ですけど、本当に物理的にそこに置いてあって、そこにこう毎回みんな見に行ってるっていうのが、自分が毎回そのファイルを上書きしているっていう行為によってよくわかるっていうのがありました。

友田:そうですよね。確かに。

辻本:その、だからWordPressとかって多分今あって、それ、あと何だ、ブログサイトとか、まあ今だったらTwitterとかもそうですけど、ああいうのってもう投稿フォームがインターネット上に存在していて、こっちはそれに文字書いてポチって押したら、今ので言えば勝手にHTMLが更新されてるみたいな状態だと思うんですよ。それだとこう、まあ別にわからなくてもいいんですけど、その内側がもう一段どうなってるかがちょっとわかりづらいところがある気がします。

友田:そもそもどこに何があるんだろうっていうことのイメージが必要ないですもんね。

辻本:そうなんですよね。

友田:ファイルをどっかサーバーがあって、サーバーにファイルを置いてみたいなことをやってると、まあそれも実は本当か、本当じゃないかもしれないんだけど。

辻本:そうですね。

友田:でも一応絵として自分の手元のパソコンとかとは違うところに自分、だけど自分の占有してるサーバーがあって、そこにファイルを置いてて、みんなはそこに来てるんだという、データを取りに来てるんだみたいな、そういうピクチャーが。

辻本:そうですね。

友田:なんだっけ、ブラウザでなんか投稿してるだけだと、これ何なんだろうっていうことかもしれない。

辻本:もう一個手前のところしかわからないみたいな。そう、だからこの間パートナーにそのサーバーセンターというものがあって、その、なんかわからないけど、マンションみたいなサーバーセンターというものが、まあなんかGoogleとかが各地に建てていて、で、それがなんかたまに環境問題とかになる、なってるんだよみたいなことを話したんですよ。で、そしたら、その、私が例えばインスタに投稿したものが、自分でHTMLを更新したりしたことがないから、データセンターっていうものが物理的にどでかいものがあって、それはまあ例えばHDDみたいなものがたくさんあるみたいなものなわけですよね。そういうものが物理的にあり、そこに毎回毎回こうファイルを置きに行ってるんだと。そのインスタで例えば投稿するたびに。っていうことを想像したことがなかったみたいで、「え、そんなことになってんの?怖」みたいになってて。

友田:そうかもしれない。それ確かに、その、まあ私はもともとそういう仕事をしてたし、そういう勉強もしてたから、むしろそれはそうだろうって思うし、まああとはそういう技術の進歩とともに生きてきたので、

辻本:はいはい。

友田:ちょっとずつ、ちょっとずつそういう形がくっきりしていったから知ってますけど、いきなりもう手元にスマホがありますとか、普通にSNSは使えますみたいな状況からあのスタートするとわかんないでしょうね、それはやっぱり。

辻本:そう、だからどういうイメージだったの?って聞いたんですよ。で、そしたら。

友田:確かにそれもその方が気になる。

辻本:なんというか、このやっぱり観念的だったみたいなんですよ。そのファイルというものがあって、こうなんかどっかここら辺とかにみたいな。その、あまりこう、データというものが物理的なものに保存されているっていう。 イメージがそのインターネット上だとなかったみたいで。

友田:はぁ。すごい不思議ですね。でもそういうのは他のものでは我々、私もそういう感覚を持ってるものがあるかも。

辻本:あると思います。うん、僕もあると思う。

友田:つまりその、ちょっとこの例は[笑い]、は全然ダメかもしれないけど。

辻本:はい。

ドラえもんとGUI――概念の裏側にあるもの

友田:あ、まあ別にドラえもんが生身の生き物としているとは誰も思ってないわけだけど、

辻本:はい。

友田:ドラえもん見てる人が、

辻本:はい。

友田:ドラえもん動い-- アニメーションだと動いてるじゃないですか。で、そういう絵があるじゃないです。映像があるわけですよね。そうするとドラえもんっていうのがいて、いてって、その物理的にいるとは別にも-- 何とも思ってないんだけど、ドラえもんっていう、なんかある種の概念的なっていうか、抽象的な物体が画面の中では動いてる、

辻本:はい。

友田:とだけ思ってるわけですよね。

辻本:うん。

友田:で、みんなとドラえもんの話はできるから、

辻本:うんうん。

友田:ドラえもんっていう概念的なものはキャラクターとして共有し-- できてるわけですよね。

辻本:そうですね、はいはいはい。

友田:だけど、それが実際には人間が一生懸命一コマずつ絵を描いて、

辻本:確かに確かに。

友田:それを連なるど-動画として撮影してるとか、色塗って撮影してるみたいなこと、あるいはそれをこうビデオテープに編集してロ-- あの、して、

辻本:確かに確かに。

友田:それを放送局から送ってきてるみたいなことは考えない。

辻本:考えないですね、確かに。

友田:だけどそれもやっぱテレビが初めて家に来た人とか、

辻本:はい。

友田:途中からカラーテレビに置き換わった人とか、

辻本:はい。

友田:あるいは家で録画してみた人とかは、そういうことをやっぱり自然と意識さ-せざるを得ないっていうか、

辻本:確かに。

友田:そういう状況に、あるいは壊れたりとかしたらね。

辻本:うん。

友田:テレビ映んなくなったら、

辻本:はい。

友田:なんで、こうイメージとして存在したはずのドラえもん[笑い]が今日は存在してないのかみたいなことになって。そうすると、電波で送られて、アンテナが折れてるからだとか、そういうことになるわけじゃないですか。

辻本:うん。

友田:案外みんなその抽象的っていうか、概念的な世界に、で暮らしてんですよね。

辻本:確かに。

友田:そのファイルとか、

辻本:うん。

友田:本物の、ファイルって元々、あの今辻本さんが手元に持ってるような、その紙を入れておくフォルダ、フォルダ。

辻本:クリアファイル。

友田:たとえ話ですよね。

辻本:そうですね。

友田:別にフォルダってないですからね。その。

辻本:パソコンの中にはね。

友田:ないですよね。概念的に作ってるだけだから。けど、そういう概念的なものを、実は操作をすごいしてるじゃないですか。

辻本:そうですね。

友田:比喩で。

辻本:うん。

友田:でもみんななんとなく使えちゃうんですよね。

辻本:そうですね。だからGUIってやっぱ、そこの一番こう魔法的っていうか、元々文字で操作してたものをフォルダっていう、フォルダとポインターか。

友田:うん。

辻本:で、できるようになったっていう。

友田:うん。

辻本:今の話の、こう一番最初の部分なのかもしれないですね。

友田:確かにね。それはだからそれがあのMicrosoftだったらWindows95であり、

辻本:うん。

友田:その前のMac OSのGUIになった瞬間みたいなのが多分その起点になっていて、そこから三十何年みたいな、まあそんな感じであれですね。

辻本:じゃあ本の話いきますか。

友田:で、今日はね、これも懐かしいどころの話ではないっていう話なんですけど、今日は、あ、ちょっと夏であんまりちょっとそんなに本は読んでなかったんだけど。

辻本:うん。

『宇治拾遺物語』と、よくわからない説話

友田:宇治拾遺物語。

辻本:おお。

友田:今日は。今手元にあるのは、講談社学術文庫の、

辻本:うん。

友田:宇治拾遺物語、上下巻。多分。

辻本:文庫?

友田:文庫ですね。文庫で、これ何センチあるんだろう。

辻本:それぐらいの分厚さになるんですね。

友田:これ何センチあるんだろうな。 三センチかける六センチぐらい、上下巻で六センチぐらい。

辻本:ありますね。

友田:で、宇治拾遺物語は、まあ鎌倉時代の最初ぐらいに、

辻本:うん。

友田:できた説話集で、

辻本:はい。

友田:説話って、まあお話ですよね。お話が、何百だったかな。何百話か。

辻本:はぁ。

友田:何百話か忘れましたが、二百話だったか四百話だったかぐらい入ってるんですよ。で、それこそ貴族とか、こう武士の話もあれば、一般庶民の話もあり、また、こう、お坊さんの話が結構多いんですけどね。

辻本:ああ。

友田:で、その、もうちょっと早くに成立した今昔物語、物語集、今昔物語っていうのもあって、それが割と同じぐらいの時期にできた、説話集なんです。だから説話だ-- 説話っていうのは、まあお話、伝わってるお話を集めましたみたいな。

辻本:はいはい。はい。

友田:アンソロジーっていうのかどうかわかんないけど。

辻本:でも作者がわからないものみたいのもあるってことですよね、多分。

友田:基本はね、作者はわかんないんですよ。

辻本:うんうんうん。

友田:要するに、いろんなところでずっと語り継がれてて、それを、まあ編者がまとめましたみたいに、な-- まとめてここに載せてるっていう体、体なのか、まあそういうことになってるんで、作者はわかんないんだけど。

辻本:それ面白いな。

友田:で、いろいろ特徴があって、

辻本:はい。

友田:今昔物語も、なん-- ものすごい数の説話が載ってるんですけど、

辻本:はい。

友田:結構ね、ダ-ダブってるんですよ。

辻本:ああ。

友田:同じ話がいっぱい。で、微妙に違うとかあるんですよ。

辻本:ああ、な、その中を読んでみると。うん。

友田:で、それをまた比較して、なんでここはこう、例えばそのある種の解-- 出来事に対する解釈とか、その後教訓みたいなことを垂れてたり垂れてなかったりとか、逆- みたいなことがね、いろいろあるんですよね。まあそういうのを研究されている方もいるんですけど、僕結構宇治拾遺物語は好きで。と言いながら、全部を通読したことはないんですが、なんかパラパラパラパラ読むと面白いので。で、今年も、今年ちょっとね、あの歯が痛くてね、あの八月はずっと歯が痛くて、あまり長いのを落ち着いて読めないなっていう時に読んでたんですけど、その歯痛はいいとして。で、なんで宇治拾遺は好きかっていうと、古文の授業ってありましたよね。

辻本:ありました。

友田:古文の授業で平家物語とか習ったりする。

辻本:ありますよね。

友田:教材とか試験とかでも。

辻本:記憶したりしますよね。

友田:出てくるんですよ。だけど、僕は、まあ今でも別にそうですけど、戦の話とか全く興味が湧かないんですよ。

辻本:はいはいはい。うん。

友田:で、武士が戦ったみたいな話とか興味ないなと。まああの、ちょっと語弊があって、平家物語は別にそれだけの話じゃなくて、平家物語は、まあずっと年を取ってから読んだら、あれはあれでもうめちゃくちゃいいんですけど、高校生だった私は、「なんか平家物語って、まあ要するに源氏と平氏の戦いの話だろう」と、「そういうのにあまり興味ないんだよな」と思ってたんですよ。

辻本:それ、これはちょっと違うわけですね。

友田:違う。それこそ、なんか庶民の人の話とか、庶民、でね、変なんですよ、話が。どれもこれも。で、多分そこに私は惹かれてたんじゃないかと思って。こぶとりじいさんの話は知ってると思うんで、こぶとりじいさんはいいんですけど、なんか冒頭出てくる説話、二話目ぐらいに出てくる説話とかも、なんか丹波の国で、ありますよ、京都の北の方に丹波って、山の奥の丹波っていう場所があって、なんかそこの地元では山に入るとヒラタケっていう竹、きのこがすごい生えると。地元の人はよくヒラタケが生えてるから取って食べてたと。そしたらある時、一人のその住民の夢に、なんかヒラタケが人間になったみたいなのが出てきて、なんか長い間この辺、その時ヒラタケって言ってないのかな。まあなんか長い間この辺におりましたけれども、ちょっともう出ていくことになりましたので、みたいなことを言って、いう夢を見たと。で、朝になって周りの人に聞いてみたら、私も昨日そのなんか長いことを言いましたけども、もういなくなりますので、みたいなことを言う夢を見た、みんな見たという。で、山に入ってみると、ヒラタケがもうなくて、全然ヒラタケが出てこなくなったと。で、あ、ヒラタケ食ってたのにもうじゃあヒラタケ食えないなってみんな困ってたわけですよ。そしたらあるお坊さんがやってきて、あ、その話をしたら、あ、だけどヒラタケっていうのはねと、なんか、お坊さんがこうちょっと生臭坊主っていうか、要するに戒律を破ってるような、ちゃんと修行できてないようなお坊さんが亡くなるとヒラタケに生まれ変わるっていう風によく言われてるから、まああんまりヒラタケ食べなくてもいいよって言ったっていう説話があるんです。

辻本:おお。

友田:うん。いや、わかったようなわかんないような。

辻本:そうですね、はい。

友田:[笑い]ヒラタケ、で、これの教訓は、「あんまりヒラタケは食べない方がいいっていう教訓だ」って書いてあるんだけど、そういう話なんだろうかっていう気もするというか。

辻本:それにいなくなったのもよくわかんないですよね。

友田:いなくなったのもよくわかんないですね。まあそう、だから因果関係でいうとよくわかんない因果関係だし、かつそれに対してこう、適当な理由で。

辻本:そうですね。

友田:なんで食べない方がいい、いいんだから、別にそれはいいんだよみたいな、なんかわかったようなわかんないような話があって。でね、結構こんなんばっかなんです。

辻本:すごくいいですね、確かに。

友田:因果応報みたいな話でもないんですよ。だから仏教だから、こう悪いことしたから後で悪いことになりましたとか、罰当たりましたみたいな、別にそれも仏教じゃないかもしれないんだけど。

辻本:だって良くないお坊さんがヒラタケになっても、良くないお坊さんにとってそれが罰になってるのかもよくわかんないですもんね。

友田:わかんない。[笑い]全然わかんないままだけど、じゃあこの話を二話目に入れとこうみたいに。

辻本:そういうことですよね。

友田:再録されてる話になってて、ここが、まあだからそれは結構いい。あとね、もう一個ね、これも面白いなと思った説話。今回、だから毎回読むとね、毎回全然違うところにこう、あ、これいいなってなるっていうのが、またこの何百話もあるのをパラパラ読むといいことで、なんだっけ、藤六、藤六みたいな人がいて。

辻本:はい。

友田:藤原藤の藤六っていう人がいて、その人は歌人、まあ元貴族だと思うんだけど、歌人の人が京都の街で、人のあんまりいない時間帯に民家に入って、そこの鍋の食い物を食ってたら、そこの農家の奥さんが帰ってきちゃって、ガラガラって開けたら、「ああ!」 登録さんっていう風になって、で、あ、しまったなってなって。ん、え、なんでこんなうちみたいなところに食べ物盗みに入っちゃうん?多分身分でいうと登録の方が上なのかなって言うんですよ。そしたら、「あ、うーん」みたいになって。でもせっかくなら、あ、歌人なんですよね。

辻本:あ、そうかそうか。

友田:じゃあもう「せっかくなら歌を読んでくれ」って言って、歌を読んで帰るみたいな。

辻本:はあ。

友田:[笑い]なんかでもこれもいいなと思って。

辻本:いや、いいですね。

友田:うーん、だからね、こう、こういういろんな場面、よくわかんない場面を切り取ったのがあって。あ、で、しかもね、一編一編は、ま、長いのもありますけど、短いのだとほんと文庫本一ページ分ぐらいしかないから。

辻本:あ、そんなに。

友田:うん。なので、なんだろう、インスタのタイムラインをこうパラパラパラパラいつまでも見てるよりも、宇治拾遺物語をパラパラパラパラしてる方が。

辻本:ショートショートみたいな。

友田:あ、そうそうそう。じゃないかみたいな。

辻本:いいですね。

友田:うん。で、しかも全然違う時代の話だけど。でもあんまり、こう本質的には人間は変わらないなっていう気もするし。

辻本:何かその、その時代の人が、その、なんというか、物語として、物語と言っていいのかわからない、その因果の、なんかねじれた感じの場面を切り取って残そうと思ったっていうのが面白いですね。

友田:ね、不思議なんです。で、これ実は編者は、なんか分かるようなわかんないようななんですよ。

辻本:ああ、そのこの人がっていうのが。

友田:うん。なんだっけな。あ、で、元々宇治大納言物語っていうのがあったらしいんですね。

辻本:うん。

友田:で、それは平安の中期から末期ぐらいに編纂されてたらしいんだけど。で、そっからこぼれた話っていうので宇治拾遺っていう名前がついてて。だけど、その宇治だ--元になってる宇治大納言物語はもう散逸してないんです。

辻本:あー。

友田:多分それは本当の話なんだと思うんだけど。この序文を読む、序文ってその宇治拾遺の序文を読むと、元々そういうのがあって、で、それを、ま、当時は、印刷がないから写本して。

辻本:そうだよな。

書き足されて増殖する説話

友田:流布してったん、流布って言ってもそんな流布はしてないと思うんだけど。で、面白いのが、今回これを序文、その宇治拾遺の序文がついてて、そこを読んでわ、思-- わかって面白かったのが、だから平安の中後期に宇治大納言物語ができて、それが広まってたら、その広まったやつに、みんな書き加えるらしいんですよ。

辻本:ほう。

友田:書き足すっていうか。多分それで、こう、ない、は-- そこに元々なかった話を、誰かが、それこそマージ、マージナリアじゃないけど、余白に書いたのか、紙を足してるのかよくわかんないけど、あるいは写本の時に付け足してるのかもしれないんだけど、増えちゃってると。

辻本:えー。

友田:で、その増えちゃってるのの、増えちゃった部分みたいなのを別途編んでるんだみたいなことが書いてあるんですよね。

辻本:へー。

友田:で、これすごい面白いなと思って。つまり、元になるお話がいくらかあると、「あ、そっから思い出したけど」とかって言って、要するにこんな話もあったよみたいなことって、雑談でもそうだし、あるじゃないですか。で、そうやってどんどんどんどん話が増えてって、その中からまた多分、ま、いいのをよって、で、また説話集をもう一個作ってるみたいになっていて。それ面白いなと思ったんですけど。

辻本:面白いですね。今だとないですもんね。

友田:ないですか。[笑い]

辻本:その、それ、多分その頃の本って、複数人がっていうか、人、そのたくさん本があるわけじゃないんだと思うんですよ。だから例えば書き加えたものを他の人が読んだりとかっていうのがもしかしたらあったのかなと思ったんですけど。今だったら自分の小説、自分が買った短編小説に、そこから思いついたことを書いても、誰か他の人が読むことはないし、その本が、例えば、その本を、その日本中にある、例えば村上春樹の小説短編集に、いろんな人がもしかしたら書き込んでる可能性はあるけど、それを後から誰かがその、それだけを集めてまた説話集にするとかっていうのはな-ないのかなと。

友田:うん、なるほど。図書館でそれやったら怒られますしね。

辻本:そうですね。

友田:でもそういう意味で言えば、写本したやつに書き加えたりとか、だから多分貸し借りみたいな、その例えば、その、そういう字の読めるぐらいの、くらいの人たち同士の間で、「あ、うち、うちに宇治大納言物語あるから、あ、じゃあ今度貸してよ」みたいになって、貸す時に、貸し、あるいは貸した相手が、貸し--借りたやつに書き足してるっていうことなの?

辻本:それもそうなのかもしれないですね。

友田:か それか、「この間読んですごい面白かったんだけど、こんな話あったよ」みたいなのを手紙かなんかで書いて、手紙を添えて返して。そしたら、その受け取った側が「これは確かに面白いね」とかって言って、自分であの-

辻本:間とかにね。

友田:宇治大納言と同じ判型の紙に書いて、後ろにとか、どっかその対応するお話のところに紙足したりとかしてみたいな。

辻本:いや、だからそれって今思いましたけど、正式版みたいのがないから、その面白ければ入るわけですよね、多分。[笑い]

友田:そうね。だから、その、まあそうなんですね。だから印刷、まあこれ印刷じゃないからなのか。でも正式版はある。

辻本:あるのか。

友田:正本っていうか。

辻本:確かに。

友田:うん。それこそ文献を研究してる人みたいな人たちは、いろんな写本を並べて比べて、「これはここにしかないから加筆したものだ」とか。

辻本:そうですね。

友田:オリジナルはこれなんじゃ。まあでもオリジナルの概念みたいなものが、でも一応編者がいて序文書いたりとかするわけだから、なんかの瞬間には私がこれを編んだもので、私がこれを編んでいて、私が作ったのはこういうものだっていう、やっぱ正本、正しい本はある瞬間にはきっとありますよね。

辻本:ありますね。でもやっぱり説話っていうのが面白いのかなと思いました。その説話っていうもの自体が、その、ちょっと粘土みたいなものっていうか、その固まったカチッとした立方体みたいなものではなく、ちょっとこう、ちょっと加わってもわかんないような、誰もこう「それ違うよ」って言わないようなものなわけで。

友田:はいはい。

辻本:だからそれがその増殖を、許す、許す形になっているのかな。

友田:確かにね。源氏物語に勝手に足したりとかはね。まああのドン・キホーテとかは続ドン・キホー、続じゃないか、正と続の間にあの嘘ドン・キホーテが実はあるけど、続ドン・キホーテにはその嘘ドン・キホーテと敵対する話とかが出てきて取り込まれちゃってんだけど。だけど基本は、でもそれもやっぱりくっきりしてますもんね。

辻本:確かに。

友田:本物の方に急に、取り込まれてしまったりとかはしないから、源氏物語もそうだけど。だからそういう意味では確かに説話だから。で、説話だと中に入ってるお話自体も別に本当じゃないっていうか。

辻本:うん。

友田:一個の実話に基づいてというよりは、多分いくつかのいろんな伝聞を一個のお話に整理して、より伝わりやすくっていうか、面白くなるように書き換えて。

辻本:多分基本は口伝というか、僕はちょっとイメージわかんないけど、多分人がいろんな人がこう喋って、「あ、この話面白いな」って聞いて、またうちで喋って喋ってみたいのが、まあどっかで誰かが書き留めてみたいな。

友田:そうでしょうね。

辻本:多分いろんなところで同じような話が多分書き留められてるっていうイメージなのかなと思いました。

友田:そうだと思います。まあだから、そうそう、だからそんなだと思うんですよね。で、なんか、だから当時の、別に当時の世の中の全部は反映してないと思うんだけど、すごい圧縮されてると思うんですよ。もちろん枝葉は落ちてると思うんだけど、その当時の人の暮らし方とか考え方とか。

辻本:それはそうですね、確かに。

友田:くっきりと切り取られてるっていうことで。だからなんかある種の日記文学の、反対側っていうか。

辻本:はい。

友田:その先っていうか。日記は日々その人のある種主観でどんどん書いていくじゃないですか。だけどそれは要するに量も、そうすると膨大になっていって、なくなっ、いつかは、まあ時間とともに減衰しちゃうようなものだ。もちろん残るものはね、歴史上の人物の日記とか残ると思うんだけど、多くは残らないですよね。だけど、それの中からエキスっていうか。

辻本:そうですね。

日記は時間が経つと説話になるのか

友田:ここにもここにも同じような話があるってなると、じゃあそこから一話にして再録するみたいなことがあるなっていうのを思ってて。で、それ、今これは何を言ってるかっていうと、今その日記ブーム。

辻本:日記ブームありますね。うん。

友田:だけど日記、まあ日記をみんな書くっていうのは別全然続いていくと思うんだけど、その例えば二千二十年頃の日記みたいなものがやっぱどうなるんだろうと思うと、やっぱ時間が経つと説話になるんじゃないかと思うんですよね。

辻本:はいはいはい。

友田:みたいなことは昔からずっと思っていて。

辻本:あー面白い。

友田:なので。

辻本:今でもその、今こう説話っぽいものって何があるんだろうって思ったんですけど、その頃の説話って、その、それこそ多分テレビとかないから、その伝え聞いてきたものを家で、まあわかんないけど、ちょっと面白話とか、こういう- まあ時には、その起承転結がしっかりしたものを喋ることもあれば、その説話、今の宇治拾遺物語の一篇みたいに「え?」って思うようなものを喋ることもあれば、多分いろいろあったと思うんですけど。それはね、やっぱりこう、うーんと自分たちで喋るから、説話っていうものがあり、っていうことなのかなと思って。今こう、あんまり現代でそれに近いものっていうのをあんまり思いつかなかったんですよね。そのすべらない話とかとは違うわけじゃないですか。[笑い]

友田:すべらない話は違う。

辻本:いや、でも近いとは思いますけど。でもあれを、あれが変形してどっかの家で話されるってことはない、ないと思うんですよ。

友田:ああ。

辻本:そのそれがこう。

友田:はあはあはあ。

辻本:それを例えば僕が松本人志が喋ったやつを、その誰かが喋ったって言わずに、面白話として喋るところ、まあもしかしたらあるのかもしれないけど、それがこう、また今度はその人が伝えて、次の人にみたいなことがあれば面白いけど、多分なんかあんまりないような気が。

友田:そうか。なんかしかも、あ、で、しかもね、そのだからそのすべらない話だと、プロの人が一回もうそれってね、ある種ネタとして仕上げてあって、

辻本:そうですね。

友田:それを。

辻本:それこそちょっと平家物語みたいなものっていうか。

友田:うんうん。もう一回再、再び話すわけじゃないですか。どっちかっていうと、その説話になっていく過程、プロセスっていうか、そこがどこにあるのかなみたいなことは。それこそ例えば落語だと、古典落語を好きな人が、その知らない人に「え、それどんな話ですか?」って言ったら、その場で、まあ丸々一つネタをやるってことじゃないかもしれないけど、なんか「こういう人がいて、ここに、こんな人がいて」みたいな。それこそ、なんだろう。こういう時パッとね、一つネタをここで披露できると、なかなか大したものですなみたいになるんですけど、そういうのはできないので、できないんですけど。でもなんかそうやって説明してくれたりするわけじゃないですか。

辻本:はい。

友田:あ、それこそ、まあいいや、するわけじゃないですか。だけど、そうじゃなくて、なんかただ単に「なんとかさんがこの間どこどこの病院行ったらなんか急死だったから、

辻本:本当にそうだ。

友田:隣の病院、前行ってた病院行こうと思ったら、前行ってた病院は廃業してたんだって」みたいな、こういうどうでもいい話を人に言ったら、「へー、あ、そういえばなんとかさんも同じようなこと言ってたよ」とかって言って、どんどんどんどん言って、で、なんか一個話になって、またそれを誰かに言ったら、「いや、それよりね、もっとすごい人がいてね」みたいな。

辻本:そうですね。

友田:なっていくわけじゃない。

辻本:うんうん。で、しかも一番笑える話とか一番感動する話が残ってるわけじゃないじゃないですか。

友田:じゃないと思う。

辻本:その、今一番っていうのがもう主観的ですけど、その誰もがこう一番こう泣いたりするようなものが入ってるわけじゃなさそうに今さ感じて。

友田:じゃない。

辻本:そこがまた面白いなと思いますよ。

友田:そうね。泣ける話ばっかり集めたとか、そういうとか、笑える話ばっかり。

辻本:それだったら何て言うか編集意図もわかるけど、その残った理由もいまいちわか-わかんないわけで。

友田:わかんない。わかんない。

辻本:それが面白い。

友田:そう、だからそれが他の、その残ってる古典と結構違うとも思います。例えば有名、有名人って言うと変だけど、ある著名な人の書いてる日記が残ってるとか、あるいは、こう、平家物語が残ってる。

辻本:版画とかもね、その。

友田:あ、そうね。

辻本:誰々が読んで、そこからこう選んできてるわけで。

友田:何なんだろうって気がしますね、だから。

辻本:うん。

友田:それこそね、なんだっけ、百人一首みたいに選者がちゃんといて、あれも勝手には足したりできないでしょ。

辻本:そうです。いや、本当にそうだと思う。

友田:あれはなんかなんだろう、処罰されるのかな。

辻本:足したら?

友田:その、だってその、要するに皇族とかそういう人が。

辻本:そういう人ですよね。

友田:決めて。

辻本:決めてるし、読んでるのもそういう人ですよ。

友田:で、それをこう、何て言うんだろう、オーソライズしてるわけですよね、その時代、時代の天皇とかが。だからそれを勝手に書き換えたりとかしたら、結構。

辻本:いや、それは大変な、ちょっと結構聖なるものというか。

友田:ああ、そういうこと。

辻本:そういうこともあるような気もします。

友田:だから、そうすると、その宇治拾遺みたいに、元々あったやつに勝手に足したりとか書き換えたりとかってことはできないと思うんだけど。なんか。

辻本:全てが謎っていう感じがなんかしますね。

ポール・オースターが集めた「本当にあった話」

友田:その、あ、で、こういう話も別に現代ないわけじゃないんですよ。何年か前になくなったポール・オースターっていうアメリカの小説家がいて、ポール・オースターがある時に、そのアメリカの全米のなんかラジオ、ラジオチャンネルで番組を持ってて、その本当にあった話を集めてたんですよ。

辻本:はい。

友田:で、その時にいろんなお話のそのテーマっていうか、を決めて募集してて。

辻本:うん。

友田:例えば、「戻ってくるはずのないものが、ものが戻ってきた話」とかね。

辻本:はいはいはい。

友田:要するに、どっか旅先でなくしちゃって、どんだけ捜したり聞いても見当たらなかったんだけど、それがなんか- びっくりするようなところから、例えば何十年も経ってから出てくるみたいな、とか戻ってくるみたいな話とかね。あるいはなんか生き別れのなんか兄弟と会った話とかね。[笑い]ちょっと全然記憶があれじゃないんで。

辻本:ある、じゃあテーマでメール、メールじゃねえか。その。

友田:ね、当時だから二千年前後だから手紙かもしれないし、FAXかもしれないけど、集めて、それがなんか何冊もの本になってるんですよ。

辻本:へー。

友田:ナショナル、なんだ、ナショナルストーリープロジェクトかな。

辻本:うんうんうん。

友田:それもやっぱり一話見開き、文庫本見開きぐらいの長さのもの。あと、こん、こんな分厚いのを別に読む必要もなくて、まあいろいろ翻訳はあるんですけど、最近だと小説家の町田康さんが、現代語訳を。

辻本:あ、かっこいい装丁のやつか。

友田:かっこいい装丁のやつかもしれない。今文庫に多分河出文庫になってて。その。

辻本:関西弁とか[笑い]。

友田:そうそうそう。ちょっ、ちょっと割と面白い訳っていうか、まあ元の話が結構面白いと思うんだけど。しかも多分そのセレクトっていうか、この説話集の中から選り抜き。

辻本:でもそれ順番もあるって面白いですよね。ちょっとある程度アルバムみたいになってるわけじゃないですか。

友田:それはね、いい、いいところに気づきました。[笑い]あのー、実は緩く全部連想でつながってると書かれてて。

辻本:ほう。

友田:だから例えば、一話目が、なんかお坊さんがなんか身を清めないで読経する話なんですよ。

辻本:はいはいはい。

友田:そしたら、なんか位の低い仏っていうか、なんかど、道祖神みたいなのが、お経を聞きに来たと。

辻本:はい。

友田:で、その道祖神が言うには、いつもは清めてお経を唱えてるから、もっと位の高い、ちょっとわかんないですけど、もっと菩薩とかね[笑い]、そう、そういうのが聞いてるから、うちらは聞きに来るチャンスがないんだけど。

辻本:おお。

友田:あんたが今日は身を清めないで読経してるから、私、そういう菩薩-

辻本:来れたわよと。

友田:聞けましたわみたいな。ちゃんと清めてから-

辻本:面白い、その話も面白いですね。

友田:ちゃんと清めてから読経した方がいいんで、そのまた教訓もよくわかんない。

辻本:よくわかんないですね。

友田:みたいなのがあって。で、二話目がさっきのヒラタケなんですよ。

辻本:はい。ほう。

友田:だから、こう、お坊さんの、こうちゃんとしてないお坊さん繋がりみたいな感じで繋がって。

辻本:でもその繋がりも、その、いっぺんいっぺんと同じ繋がり方をしてるっていうか、その繋がりもよくわかんないですね。

友田:よくわかんない。だから緩くなんですよ。明確にこう、ここからお坊さんの章とか、ここからは一般人の章みたいな、そういうことではなくて、だからどこ、よーく読むと、あ、こことここで繋がってんじゃない?みたいな感じの繋げ方で、みたいな。

辻本:それもちょっとアルバムっぽい感じがするな。

友田:だからね、そういう風にしてなってるので。面白いですね。だから順番、そう順番もあるっていう。

辻本:うんうん。それとか一応あの正式にあるわけですよね。

友田:はい。

辻本:それは面白い。だってどう並べたって良さそうじゃないですか。今みたいな話だったら。

友田:まあまあまあまあ、そうですね。いやほんとね、まあだから、何なんでしょうね、これは。[笑い]暇だったっていうことなのか。[笑い]

辻本:でもある程度は、多分、ある程度の地域に聞かないとこんなに集まんないでしょ。

友田:基本まあ京都ですよね。

辻本:あーそっか、宇治か。宇治じゃねえか。

友田:まあ宇治、宇治はその宇治大納言って人がいたから宇治。

辻本:あ、そうかそうか、違う、違う。

友田:まあでもその元の宇治大納言物語も、そのまあある種も、朝廷の仕事をもうちょっとリタイアして、宇治に屋敷を持って、そこでちょっとまあ暇だから[笑い]編んでるみたいな。

辻本:やってみたいな、それ。

友田:まあだから宇治なんですよ。

辻本:え、でも、いや、でも想像するとすごい楽しそうじゃないですか。

友田:いや、楽しいでしょ、そりゃ。

辻本:ねえ。

友田:こんなことないと思いますよ。

辻本:楽しいわそれ。

友田:なんならあれですよ、天皇とかより多分楽しいと思いますよ。

辻本:そうですよね。

友田:ややこしい、こういろんなことを、こう判断していかなきゃいけないポジションの人は、その、やっぱすごい大変だと思うから。

辻本:うん、それはそうだ。

友田:こんな、なんかわけのわかんない話を順番に並べて、こことここ繋がってねみたいな感じで並べ替えたりとか、ほんとどんな、どんなことなんだろうと思いますよね。

辻本:あ、でもそうだな、やった、やった人のことを想像するとすごい面白いかも、さらに。だって聞きに行って、何、あ、ここにもあった、この話、ヒラタケの話またあった、ここもあったつって。

友田:そうでしょ。

辻本:集めるわけですよね。

「令和拾遺物語」を編むなら

友田:いやほんと、だから私もそうやって、涼しいところでゴロゴロしながら令和拾遺物語を編みたいですよね。[笑い]

辻本:いやいや、めっちゃやってみたいわ、これ。 いや、いいな。でね、ちょっと、「じゃあ今度あっちあの町行ってみるか」みたいな感じで。ちょっと聞いて。

友田:取材してね。どうやって集めてんのかなっていう。なんか募集するんですかね、どっかで。

辻本:まあまあそうなのかもしれないな。

友田:それこそ、なんていうの?御所に行って、その、なんとか委員、委員会じゃないと思うけど、なんか会議、会議の時とかに、「他になんかありますか?」みたいな。「あ、ちょっと今私あの説話集を編んでるんですけど」みたいな。ちょっとこう、お坊さんの面白い話とか、こうなんかありましたら。

辻本:それこそポール・オースターさんみたいな感じですね、さっきの。

友田:あ、そうですね。さすがにね、街に繰り出して街の人にとかっていうことでもないような。でもそうやってんのかな。それともそれは誰か、だから、それこそ。

辻本:組織だったのかもしれない。じゃないか。

友田:編纂委員会。編纂。

辻本:委員会ってほどじゃないけど、なんか松尾芭蕉の下に何かいたみたいなの、みたいな。

友田:うん。いや、それだからね、このお話がどういう仕組みで集まるのかみたいなこと自体が結構面白いと思って。今だとそれこそラジオ番組だったら、ラジオって全員にブロードキャストしてるから、ラジオ持ってて聴取してる人だったらそれがわかって。

辻本:一番ありえそうですよね、ラジオは。

友田:で、言えるじゃないですか。当時電波ないですから。そうすると、誰、お坊さんに言うんですかね。お坊さんにいろいろ、「いや、最近こんなことがあって困ってまして」みたいなこととか言って、そういうのがどんどん吸い上がってく仕組みがあったのか。

辻本:うん。

友田:で、文字書ける人じゃないと記録に残せないから、基本文字の書ける人に向かって喋っておくと、それがなんか採集されて。

辻本:確かに。

友田:とか変形されて。

辻本:まあでも確かにお坊さんなのかもしれないですね。

友田:うん。

辻本:各地のお坊さんにお坊さんに話聞きに行ったら、いくつも話が出てくるみたいな。

友田:うん。話の集まりやすい。まあだからそれはあれか、キリスト教とかでもそうですね。

辻本:そうですね。

友田:神父さんとか牧師さんとかって、結局町のいろんな困り事とかを、が吸い上がる仕組みになってて、その人に言って、その人は記録に残して、それがもっと上位の教会とかに届いて、みたいなことですかね。

辻本:ああ。

友田:うん。結構ね、これは、まあこの夏急にってことではないんですけど、ずっと。

辻本:いや、でもこう、想像のしがいがありますね。

友田:うん。

辻本:その、一編一編もそうだし、本自体もそうだし、作ってる人もそうだし、今まで残ってるってこともそうだし。

友田:そうですね。しかもずっといろんな人の琴線に触れ続けてるっていうか。

辻本:うん。

友田:で、結構この後もいろんな時代に説話集って作られていて。

辻本:うんうん。

友田:まあこういうのがずっと下っていくと、それこそ、まあもしかしたら落語とか話芸とかにもつながってると思うんですけど。うん、面白くて。不思議なのは、それこそ平安の末期から鎌倉の頭にかけてっていうのは、すごい大変な混乱期で。

辻本:うん。

友田:その、みんな生きていくのが大変みたいな時代だったわけで。その、何て言うの、歴史的な思想家っていうか、まあ宗教者ですけど、お坊さんとかが出たりとかする時代でもあり。

辻本:はい。

友田:でもあんまそういう感じでもないんですよ。この『慈宗院』自体はね。

辻本:うん。なんかミステリアスだなと思いましたね。なんか全体が。

友田:うん。まあもっとね、なんかただの記録みたいなものもあるんですよ。

辻本:うん。

友田:いついつに、なんとか寺を建てて、その時こう、これぐらい大変、こんなことがあったみたいな、そういうのもあるんですよ。

辻本:だからその話自体も、っていうのもあるし、それがなぜそこに入れたのかっていうのも不思議ですよ。だってさっきの話とまるで性質が違う。それは結構ちょっと日記っぽいっていうか、今のその自立の描写ですけど、それとまたさっきのが一緒、編纂になってるっていうのは面白いですね。

友田:しかも到底本当とは思えないことが多いですね。

辻本:ああ。

友田:夢に何か出て、まあさっきのもそう。

辻本:確かに確かに。平竹ね。

友田:あとね、小太り爺さんの話なんかどう考えたって本当、まあ現代的に考えれば本当のはずないんで。とか。

辻本:まあそんなところですか。

友田:はい。

辻本:皆さんも読んでみてください。

友田:ぜひ読んでみてください。

辻本:では感想など、また#ふくラジでよろしくお願いします。では失礼します。

友田:ありがとうございました。

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